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—光の証 — ヨハネ福音書1章6-13節

新約聖書の時代、御霊によって力づけられた使徒たちによって、宣教は力強く進められた。しかし、その道は平たんではなかった。その働きの困難さと同時に福音の力強さは、使徒の働きに記されている。
使徒達の時代が終わろうとする時、ヨハネの福音書が記された。イエス様と同時期に活躍したバプテスマのヨハネは依然人気があった。ときに、イエス様よりも敬われることがあったようだ。
しかし、聖書は、またバプテスマのヨハネ自身も、決して自分自身を力ある者としては語らなかった。あくまで自分自身は「荒野で叫ぶ者」であると紹介した。そして、バプテスマのヨハネは「待ち望む」ことを民に勧めた。「待ち望むこと」は、恐れ、悲観することではない。それどころか、「力が与えられること」である。大切なのは、「何を待ち望むのか」である。
「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼を広げて上ることができる。」
(イザヤ40:31a)

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