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20190317 神の義 ローマ人への手紙1章1-17

ローマ人への手紙は、「パウロは奴隷」という単語から始められている。「しもべ」という言葉は、「奴隷」と同じ言葉である。ローマの人々には、どのように届いたであろうか。けっして、耳障りの良い言葉ではない。
当時のローマは、人口の約25〜30%を奴隷が占めていたと言われている。パウロは、ローマの市民権を所有していたので、「しもべ」という言葉の意味をよくわかっていたであろう。もちろん、「奴隷」であっても、都市部と農村部では、扱いが違い、能力の高い奴隷は、主人から責任ある仕事を任されたりもした。
しかし、ここで大切なのは、「主人が誰なのか」ということである。パウロは、イエス・キリストから選び出され、使命を与えられ、使徒として召されたという事実である。パウロは、「福音を伝える」という使命を「恥とはしない」と宣言している。「神の義」とは、「神様ご自身が義なる(正しい)お方」であるという実質概念と、「正しい関係もしくは回復」という関係概念がある。
パウロは、かつては、福音を「恥」として迫害していたが、イエス・キリストと出会い、悔い改めて、僕となった。自分の義ではなく「神の義」を証しする者へと変えられた。「福音は…信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。」(ローマ1:16抜粋)

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